熊本県の観光の変遷 — 100年の歴史が示す課題と展望

熊本城

2025年は、昭和元年(1926年)から数えて100年の節目の年でした。

この100年の間に、熊本県内の経済構造は大きく変化してきました。

本稿では、熊本県における観光の歩みを振り返りながら、その変遷を整理するとともに、現在の観光が抱える課題と今後の展望を明らかにします。

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熊本県における観光の位置づけ

2023年度の熊本県における観光消費額は3,733億円となり、1977年の統計開始以降で過去最高を記録しました。

これは、同年度の農業産出額3,757億円とほぼ同水準であり、観光が県内経済において重要な産業に成長したことを示しています。

九州内(沖縄県を除く7県)で比較すると、熊本県の延べ宿泊者数は840万人と、福岡県に次ぐ規模です。そのうち外国人宿泊者数は100万人で、福岡県、大分県に次いで九州内3位となっています。

一方で、延べ宿泊者数が比較的多いにもかかわらず、旅行消費額は相対的に低い状況にあります。

熊本県の観光の変遷

統計で遡ることが可能な1954年以降、熊本県の観光客数は、総じて増加基調で推移してきました。

近年では、リーマンショック、熊本地震、コロナ禍などの影響により一時的に減少した時期があるものの、その後も回復を続けています。

戦前期(~1945年)

観光の移動手段として重要な鉄道網は、1899年には三角線が開業し、熊本方面と天草・島原地域を結ぶ連絡線として利用されていました。昭和に入ると、1927年に八代・水俣間が開通して鹿児島本線が完成し、1928年には豊肥本線が開通するとともに、同年に国鉄高森線も開業するなど、県内外を結ぶ鉄道網が着実に拡充されました。

観光施設では、1929年に水前寺成趣園が国の名勝・史跡に指定され、1933年には熊本城の宇土櫓が国の重要文化財に指定されました。阿蘇地域では1932年に登山バスの運行が開始され、1934年には国立公園に指定されるなど、観光地としての基盤整備が進められました。

一方、戦時下に入ると観光は贅沢とされ、国内旅行は大幅に制限されました。燃料不足により鉄道やバスの運行も制限され、宿泊施設や温泉地への移動が困難になりました。

戦後復興期(1945年~1954年)

戦後復興期においては、戦災からの都市再建と生活基盤の整備が優先されました。その中で観光は、交通網の復旧と観光資源の保全を通じて、地域経済を再生する手段としての役割が期待されました。

鉄道復旧が完了すると、国鉄による観光路線が強化され、豊肥本線や鹿児島本線は観光客の主要な移動手段として再び機能し始めました。

道路網は国道を中心に整備され、バス路線の再編・拡充も図られました。温泉地の復興も進み、旅行客は次第に回復しました。

観光施設では被災した熊本城の復旧が進められ、1947年には熊本市動植物園が再開しました。阿蘇地域では阿蘇登山道路の舗装工事や阿蘇山ロープウェーの開通により、観光ルートの再整備が行われました。

高度経済成長期(1955年~1973年)

高度経済成長期に入ると国民所得が向上し、旅行はレジャーとして一般化しました。

熊本県内でも、阿蘇や熊本城を中心に観光客が増加し、黒川温泉では自然資源を活かした観光地整備が進められ、後の全国的な知名度向上につながる基盤が築かれました。

観光政策は、全国総合開発計画に基づき、交通網整備と観光資源を活用した地域振興が進められました。天草地域では、1956年に雲仙国立公園に編入され雲仙天草国立公園となり、全国に先駆けて海中公園が設置されました。さらに、1966年の天草五橋開通によって天草地域への観光客が急増しました。

また、1971年には九州自動車道の植木IC・熊本IC間が九州で初めて開通し、自動車での観光を支えるインフラが整備されました。

安定成長・バブル期(1973年~1990年)

観光需要は、1973年と1979年のオイルショックの際に、一時的に低迷しました。

その後バブル景気により再び観光需要は高まり、全国でレジャー施設や観光地の整備が進められました。熊本県内でも、阿蘇の温泉地を中心にリゾートホテル建設など観光施設の整備が進み、ゴルフなどスポーツやレクリエーション、体験型観光の需要が増加しました。

交通網では九州自動車道が整備され、1979年には熊本から山口まで高速道路が開通しました。アクセスが向上したことで、マイカーによる観光が主流となりました。

熊本空港では東京や大阪などからの就航で大都市圏からの観光客が増加し、空港アクセス道路の整備も進んだことで広範囲からの旅行客を取り込む基盤が整備されました。

バブル崩壊以後~現在(1991年~2025年)

バブル崩壊後、大型リゾート開発計画は停滞しました。旅行形態は企業・団体旅行から、個人・家族・小グループ中心へと移行し、観光政策も大型施設の投資から、地域主導の観光まちづくりへと転換しました。

黒川温泉では「入湯手形」に代表される地域ブランド化の取組みが全国的な注目を集めました。

2022年10月のコロナ禍の水際対策の緩和以降、外国人旅行者は急速に回復しました。

2023年には延べ宿泊者数がコロナ禍前の水準を上回り、2024年には144万人と過去最高を記録しました。

TSMC進出によるビジネス需要の増加や、韓国・台湾を中心とした東アジア圏からの訪日客の増加が、観光回復を後押ししています。

熊本県の観光が抱える課題

消費単価

九州圏内における消費単価を比較すると、熊本県は日本人観光客の消費単価が最下位、外国人観光客についても6位にとどまっています。

日本人観光客では交通費と宿泊費が特に低く、周遊ルートの設計や宿泊日数が課題です。

一方、外国人観光客では、買い物代や飲食費、宿泊費の単価向上が課題とされています。

観光客の偏在

熊本県内の観光は、熊本城や阿蘇の温泉地を中心に発展してきました。

その結果、観光客の訪問先が特定の地域に集中し、県内全域へ十分に波及していない状況が続いています。

各地域の魅力を発信し、観光客を県内全体に分散させることが課題です。

観光施設の供給能力と人材確保

近年、熊本市内を中心に宿泊施設の建設が進んでいます。インバウンド増加や半導体関連のビジネス滞在需要を背景に、宿泊需要は今後も増加が見込まれます。

一方で、少子高齢化による労働人口の減少により、宿泊施設や観光施設における人材確保が大きな課題となっています。

熊本県の観光産業の見通し

熊本県の観光は、インバウンドとビジネス需要の拡大により、当面は堅調に推移すると見込まれます。

人口減少による日本人観光客の減少が想定されることから、インバウンド対応はより重要なものとなります。

その中で、インバウンド拡大のために観光DXが期待できます。

SNSでのプロモーションや、県内各地の名産、名所、地域文化などの魅力を多言語発信し、効率的な誘客を図ることが求められます。

特に、ICTやAIを活用した「スマートツーリズム」の導入が、持続可能な観光の実現に向けてより重要となるでしょう。

熊本県の観光産業の変遷について、レポートに詳細にまとめています。
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