2026年1月1日からの熊本県最低賃金引き上げと企業の対応

最低賃金の上昇に関するイメージ

熊本県の地域別最低賃金が、2026年(令和8年)1月1日より時間給1,034円となりました。現行の952円から82円引き上げとなり、県内企業の経営環境や労働市場に大きな影響を及ぼすことが見込まれます。

本稿では、この大幅な引き上げに至った背景を整理するとともに、賃上げ局面で熊本の企業が直面している労働市場の実態や主要な経営指標について、公的データをもとに多角的な視点から考察します。

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熊本県の最低賃金改定

2026年(令和8年)1月1日より、熊本県の地域別最低賃金は、時間給1,034円に引き上げられます。

「地域別最低賃金」とは、都道府県ごとに設定される最低賃金のことで、産業や職種、雇用形態(正社員、契約社員、パート、アルバイト、嘱託など)にかかわらず、その地域内のすべての事業場で働く労働者と使用者に適用されます。

熊本県内で事業を営む使用者は、この最低賃金より低い賃金で労働者を使用することはできません。派遣労働者については、派遣先の事業場に適用されている最低賃金が適用されます。

特定(産業別)最低賃金

地域別最低賃金とは別に、特定の産業には「特定(産業別)最低賃金」が定められています。

地域別最低賃金と特定(産業別)最低賃金が同時に適用される場合は、高い方の最低賃金額以上の賃金を支払う必要があります。

2024年時点での特定(産業別)最低賃金は「自動車・同附属品製造業、船舶製造・修理業、舶用機関製造業」で1,019円、「電子部品・デバイス・電子回路、電気機械器具、情報通信機械器具製造業」で996円、「百貨店、総合スーパー」で952円となっていました。

2025年(令和7年)の改訂では、10月30日に行なわれた熊本地方最低賃金審議会で「自動車・自動車付属品製造業、船舶製造・修理業、舶用機関製造業」が55円の引き上げとなる1,074円、「電子部品・デバイス・電子回路、電気機械器具、情報通信機械器具製造業」は1,063円と67円の引き上げとなるよう答申され、2026年(令和8年)1月1日に発行となる見通しです。

2026年1月1日に引き上げとなった理由

今回の最低賃金改定は、2025年(令和7年)9月4日に熊本地方最低賃金審議会(会長・倉田賀世熊本大学教授)が答申した結果に基づいて決定されました。

史上最大の上げ幅となった背景

引き上げ額の82円は、中央最低賃金審議会が示した目安の64円や、前年実績である54円を上回っており、現在の表示方式になった2002年度以降で最大の上げ幅となっています。

専門部会での議論の過程では、労働者側が178円の引き上げを求める一方、経営負担を懸念する使用者側は39円を主張しており、双方の主張に大きな隔たりがありました。

発効日が1月に遅れた理由

例年、最低賃金の発効日は10月となることが多い中、今回は2026年1月1日へと遅らせる形となりました。

これは、過去最大の上げ幅により企業への負担が大きくなることを踏まえ、賃金改定や経営計画の見直しに必要な時間を確保するため、使用者側の主張を反映して設定されたものとされています。

最低賃金引き上げが熊本経済に与える影響

今回の最低賃金引き上げの背景には、深刻な労働市場の逼迫と、企業経営におけるコスト増大というジレンマがあります。

価格転嫁の難しさ

地方経済総合研究所が2025年8月に行なった熊本県内企業を対象とした調査の結果から、企業経営の厳しさが見て取れます。

実際、県内企業の業況を示す利益DIは、2025年7〜9月期で▲22と悪化傾向にあり、10〜12月期の見通しも▲16と先行きは厳しい状況です。

売上DIはわずかに改善傾向にあるものの「原材料費や人件費の上昇に対する販売価格への転嫁が十分でなく、利益を圧迫している」「人材確保のためにも社員の給与を上げたいが、このような状況では原資が確保できない」といった声も上がっており、賃上げの必要性と原資確保の難しさというジレンマが語られています。

経営指標今回(2025年7月〜9月期)先行き(2025年10月〜12月期)
売上DI+5+10
利益DI▲22▲16
仕入価格DI+52 +53
販売価格DI+24 +27
労働力DI▲37▲43

参考:地方経済総合研究所|第136回熊本県内企業業況判断調査

労働力不足と求人倍率

最低賃金の引き上げは、人材確保の観点から不可欠であると認識されているものの、熊本県の労働市場では依然として深刻な人手不足が続いています。

労働力DIは2025年(令和7年)7〜9月期には▲37と低水準で推移しており、企業の多くが人手不足を実感しています。10月〜12月期の先行きも▲43と、さらに不足感が強まる見通しです。

特に小売業で▲77、運輸業で▲50、建設業で▲47など、非製造業を中心に不足が顕著に表れています。

2025年(令和7年)4月時点での正社員の有効求人倍率は1.22倍で、2024年4月の1.26倍をやや下回りました。また、新規求職申込件数は8,025人と前年同月比で4.3%減少し、6か月連続で減少しています。

企業からは「人員不足により、需要に対して自社サービスの制限をせざるを得ない」といった声も聞かれ、賃上げだけでなく生産性向上を同時に進めることが喫緊の課題となっています。

産業別の求人動向

産業別に見ると、新規求人件数の増減は明確に二極化しています。

増加した主な産業増加率(%)減少した主な産業減少率(%)
運輸業、郵便業17.5宿泊業、飲食サービス業▲17.3
医療、福祉6.1建設業▲9.5
製造業4.7卸売業、小売業▲4.1

運輸業や医療・福祉など、人手不足が深刻な産業でも最低賃金や価格転嫁の制約はあるものの、求人は増加しています。
これに対して、宿泊業や小売業など、最低賃金の影響がより大きく価格転嫁が難しい産業では、求人が減少する傾向が見られます。

賃上げを支援する業務改善助成金

助成金のイメージ

業務改善助成金は、事業場内最低賃金を30円以上引き上げ、生産性向上につながる設備投資などを行った場合に、その費用の一部を支援する制度です。

対象となるのは、事業場内で最も低い時間額(事業場内最低賃金)が952円以上1,034円未満の中小企業・小規模事業者 です。

助成率は、事業場内最低賃金が1,000円未満の事業場は5分の4、1,000円以上の事業場の場合は4分の3です。

まとめ

熊本県の最低賃金は、2026年1月1日より1,034円へと引き上げられます。

今回の大幅な改定は、労働者にとっては生活基盤の向上につながる一方で、企業にとっては経営体質の見直しを迫る大きな転換点となります。

企業がこの変化を乗り切るためには、単に人件費の増加に対応するだけでなく、業務改善助成金などを活用し、生産性向上につながる投資を進めることが必要です。

最低賃金引き上げは避けられない流れですが、企業にとってはこれまでの業務プロセスを見直し、より効率的で収益性の高いビジネスモデルへ進化するチャンス でもあります。

今回の改定を、持続的な成長へとつなげる契機として捉えることが求められます。

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